「なぁ・・・なんで私はお前といっしょに下校してるんだろうな?」
夏も終わり、少し寒くなってきた。この季節はやはりどうしても食べ物のにおいにつられてしまうもので、道行く焼き芋屋を眺めた。
千秋は今の状況についてそんなことを真に質問した。いや、わかってはいるが、彼女はあえて聞いた。
「へ?俺が南の家に行くからだろ?」
夕暮れのなか、高校の帰り道。なぜかこの二人はいっしょに帰っている。高校生ともなれば、男女二人で帰るのはカップルぐらいなものだが、二人はそうではない。
ちなみに今日のイベントは勉強会である。毎週のように行われているのだが、勉強会と言っても、千秋が真に教えるという光景しか見られない。
「あー春香さ� �に会えるとしたら一ヶ月ぶりかー!!たのしみだな!!」
小学生の頃から変わらない、無邪気な笑顔を浮かべながら、嬉しそうにそんなことを言った。もっとも彼が変わらないのは表情だけではない。
中身も小学生の頃から対して変わらないのだ。春香とは千秋の最愛の姉の名前である。姉は二人いるが、比べるべくもない。最近はタイミングが合わずに真は春香と会っていないのだ。
「……うるさいなバカヤロー」
かなり小さい、隣にいる真でさえ聞き取れない程の声で呟いた。千秋は少しイラついたが、少しも表情に出さないように努めた。こんなことは慣れたものだからである。
「ん、なんか言ったか?南」
「なんでもねーよバカヤロー。だいたい春香姉様には彼氏いるだろうが。いい加減諦めろよ」
春香は今、千秋の友達の冬馬の兄である夏樹と付き合っている。
千秋も最初の頃こそ夏樹が恐かったが、春香の妹である自分に強く出れないことに気づくと、こき使うようになった。
いい年なのだから同棲でもすればいいのに、千秋が高校卒業するまでは面倒を見ると言いはって、今でもマンションで暮らしている。
彼女もさすがに夏樹には申し訳ない気もするが、最愛の姉を取られるのだ、少しくらいいいだろうと思っている。それに来年はもう大学受験なので、再来年には二人は結婚するだろう。
「うっ……そ、そんなの関係ないさ!!春香さんとお話しできるだけで俺は!!こんなに嬉しいことはない!!」
「はぁ……お前はいつまでも変わらないバカヤローだな」
自然と声が暗くなった。こんな ことは慣れっこだが、やはりムッとするときもある。なんとなく、地面に落ちている石を蹴る。小学生の頃はよく石蹴りしながら帰ったものだった。
「なんかあれだな!!南は今不機嫌だな!!俺にはわかるぞ、長いつきあいだから!!」
そう、長い付き合いである。小学生の頃から約十年間いっしょのクラスである。
それは骨の女の子に何を意味するのでしょうか?
中学も、高校も、千秋の周りには絶対に真がいた。最初はうっとうしく感じていたが、今は違う。
彼は千秋の顔を覗きこみ、言った。
「女の子の日か?」
即座に千秋がボディーブローをたたき込んだ。
「グホァッ!!」
真が情けない悲鳴をあげて倒れた。
と、言っても真の表情から、貧弱な千秋のパンチは彼にはそれほど効いていないように見えた。
「そうだ、こないだ内田にあったぞ。あいつ彼氏ができそうだとか言ってた。内田のくせに生意気な……」
「内田かー。懐かしいな。あいつは公立の学校だし最近会ってないなあ。まあ、やはり俺の方が頭がよかったと言うわけだ!!」
彼らの 同級生の内田は、高校に上がる際に公立の学校に行った。親の都合であり、そもそも成績は関係ないので、彼の発言が彼自信の頭の残念さを物語っている。
まあ実際内田は残念な頭の持ち主ではあるが。
「あいつが彼氏とはな……そういえば最近夏奈はどうなんだ?藤岡さんにも会ってないなー」
「あいつらは、まぁ、なんだかんだうまくやってるよ。正直藤岡がかわいそうに思えるときもあるけどな」
彼女の姉とそのボーイフレンドは、もう五年は同じようなことをしている。最近は夏奈もさすがに気づいているようだが、意図的にそういった流れを避けているようだ。
周りからは藤岡に惚れているのはバレバレだが、本人はバレていない気でいる。はたから見れば、普通にカップルのようにみえるのだが。
< p>「最近はなんか皆で会うことも少なくなってきたし、またみんなで集まろうぜ!!」笑顔でそんなことを言う彼が、千秋は少し憎らしく感じた。なんでこうもこの男はバカヤローなのか。
なぜ、一番成績のいい吉野を誘わずに、わざわざ二人で勉強会をすると思っているんだろうか。彼女はそんなことを考えたが、やはり馬鹿だからだな、と結論づけた。
「……そうだな。今度声かけてみるか。」
みんなで集まりたいと思うのは千秋もおなじだった。
ちょうど自宅のあるマンションの前について、千秋はなんとなく見上げながら、そう答えた。
彼に特別な感情を覚えたのはいつからだろうか。それは正直覚えていない。
だが自分の中の感情を意識したのは中学の頃だった。中学にもなれば、周りもやれ� ��氏ができたやれ彼女ができたと浮き足立ちはじめる。
確か吉野は先輩が教室に見に来るくらいには人気があった。冬馬はそのころから女らしくなってきたような気もする。
一度友達と彼の部活の試合を見に行ったことがあった。彼は藤岡の影響でサッカー部にはいっていた。彼が部活に一生懸命に取り組んでいたのは知っていた。
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いつものアホな表情とは違う、真剣な顔に妙にドキドキした。客観的に見ても彼は活躍していたと思う。
必死に応援したが、結果的に試合は負けてしまった。意外にも悔し涙を流す彼を見て、なんだか自分まで泣けてきた。彼は、どういうわけか泣いている自分を見て笑った。
「ははは。なんで南が泣いてんだよー」
「な、泣いていない!!このバカヤロー!!」
彼は苦笑しながら私の頭を撫でた。顔が熱くなるのを感じた。後ろでニヤニヤしていた内田は後で散々いじめてやった。
こんなことをされたのはこの時が初めてで、これ以降はされていない。
ただ、彼の手が頭の上に置かれている間は、とても気分がよかった� ��安心した覚えがあった。
多分、これがとどめだったように思う。彼に撫でられている時に、いつの間にかついた身長の差が、ちょうどいいものになっていることに気づいた。
その日の夜は眠れなかった。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
二人で入ると流石に玄関は少し狭い。千秋は妙に距離が近い気がして心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「とりあえず、居間にいて。私は着替えてくる」
「わかった。お茶入れとくよ」
「のぞくなよ?」
「のぞかねぇよ!!」
「いや、やっぱりこれは言っとかないとかなって思ってさ」
「何言ってるんだお前……」
真はよく春香の手伝いをしていたので、料理くらいなら簡単にできる。お茶を入れるなんてなおさらだ。居間から自分の部屋� �入る。
真は春香と会いたがっているが、今日は彼女の帰りは少し遅めだ。夏樹とデートなのである。
千秋はこれを真に伝えたらどんな顔をするだろうか、なんて考えてから、着替え始めた。
ふと机の上の写真を見た。昔みんなで海に行った時のものだ。
着替え終わるとさっそくノートと教科書を広げ、勉強を始めた。
「なんだこれ?すごい答えになったぞ?」
「足し算からまちがえてんじゃねーか、お前はあれだな、馬鹿だなぁ」
「し、しみじみと言うなぁー!!」
早速勉強会、というより、真に対する千秋の個人レッスンみたいなものを始めた。真は授業中に話を聞いていないので、まったく頭に入っていない。
寝ているか、起きていても右から左に抜け落ちているらしい。
「お前少� �は授業聞けよ……」
「いやいや、ほら、南に教えてもらったほうが頭に入るからさ!!」
「……そ、そうか?まぁ別にいいけどさ。私も復習になるし」
千秋の声が少し上ずった。ノートに向かう真の表情は、真剣だが情けない。小学生のころ女装していただけあって整った顔をしている。
長い間、それは薬物検査にかかる人
学校の友達が真を見て騒いでいたのを思い出した。もちろん友達とは女の子の友達だ。はっきりいって、彼はモテる。
男女分け隔てなく接するし、明るく社交的だ。その上部活のエースで、顔も整っている。千秋には小学生のころと同じに見えるが。
ちなみに小学校の時の女装について真は千秋にばれていない気でいるらしい。
「おい、そこ間違ってるぞ」
「あれ?あぁ、ありがとう」
「そういえばこないだサッカー部が休みの日に冬馬がグラウンドにいるのを見たけど」
「あーマネージャーはたまに休みの日に集まって部室の掃除とかしてくれてるんだよ」
申し訳なさそうな顔で言う真を千秋はじっと見ながら非難する� ��うに言った。
「そんなの部員が自分でやれよ……」
「そこはほら……馬鹿な男の集まりだからさ、うん」
「はあ……ちゃんと全員でお礼言っとけよ?」
「わーかってるよー」
千秋の弟役だった彼女も今では髪も伸び、体型も悔しいことに千秋よりも女らしくなっていた。
彼女は今、真と同じサッカー部にいる。女子サッカー部はなかったし、さすがに男子に混ざるのはきついけれど、サッカーはすきだから、とマネージャーになったのだ。
美人で、かっこいいということで男女ともにファンが多いらしい。
「……あいつはもう藤岡さんはいいのかな」
彼は視線をノートに落としながら、静かな声で言った。
「まあ初恋ってそういうもんだろ。よく知らないけど。でも半年くらい前に先輩� ��告白されて断ってたなあ。仲いい人だったのに」
「告白されるのも大変だからな~。うれしいけどさ」
「……あっそ」
千秋も告白されたことはあるからわからないでもないが、思わずムッとしてしまった。
真も中学生のころから何回か告白もされていたが、すべて断っていた。仲のよかった子も、学年で一番かわいい子も。
それについて千秋には聞きたかったけれど、聞けなかったことがあった。今こそそのタイミングだろう。さっき軽いジャブも打ったのだ。
「なぁ、あのさぁ……」
「んーなんだー??おお?この公式初めてみたぞ?」
「それをお前が見るのは三回目だぞ……あのさあ」
「んー?」
無駄にペンを回す。カシャカシャと回るペンの音が静かな部屋に響いた。
今日こ そ、今日こそは聞くぞ。千秋は勇気を振り絞って口を開いた。
「お前、好きな人とかいるのか?」
「んー、ん?はい!?」
「いや、変な意味じゃなくて、お前告白されても全部断ってたろ。なんでかなー、と思って」
変な意味じゃないってどんな意味だろうか。千秋は自分が何を言ってるかわからなくなってきた。
心臓がドクドクいっている。手が冷たく少し震えている。
真はお茶を一口飲んでから答えた。
「あー、うん。いるよ」
千秋のペンを持つ手が震えた。これはとりあえず春香のことではない。彼女はそれはわかった。
「そ……か、うん、そりゃ高校生だもんな、いるよな。私の知ってるやつか?」
「あーどうなのかな、知ってるって言うのかな?まぁ、南はよく知ってると思うよ」
恥ずかしがるわけでもなかったが、ほんの少しきまりが悪そうに言った。
千秋は思い出した。真が同じクラスの女子と最近やけによく話しているのを。彼女は千秋の親友で、かなりかわいい。千秋は自分の目に涙がたまりそうになるのを感じた。
このままここにいてはまずい。そう思って千秋は立ち上がった。
「そ、か。ちょっと� �飲み物買ってくる。炭酸切れてたんだ。お前はコーラでいいよな?」
「え?ああ。いいの?俺が行こうか?」
「客をパシるわけにはいかないだろ。じゃあ行ってくる」
「お、おい南!」
千秋はできるだけ顔を見られないように部屋を出た。真の声には一切反応せずに、玄関を開けて外にでた。コンビニに向かうつもりだったけれど、適当に走り続けた。
これじゃあ逃げ出したようなものだ。なんで逃げてしまったんだろう。きっと彼は心配するし、何かしたかと気にしてしまうだろう。
彼は馬鹿で、子供のような人だけれど、誰よりも優しいのだ。自分は一番それを知っているはずなのに。
疲れて立ち止まったところで空を見上げると、夕暮れは既に暗闇に変わり、星が寂しげに光っていた。
「あ� ��、千秋ちゃんどうしたのこんなところで」
声をかけてきたのは、姉の彼氏(のようなもの)であり、千秋にとっては兄のような存在でもある、元玉蹴り番長だった。
続く
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